建物と歴史

この蔵は、単なる古い建物ではありません。
明治32年の誕生以来、滑川の経済を支え、時には歴史の荒波の真っ只中に立ち、人々の暮らしと共に呼吸してきました。
私たちは、この壁一枚、柱一本に残る記憶を大切に紐解きます。


1918年:米騒動の舞台として
「二千名の大集団」が押し寄せた米騒動。
当時の新聞各社が「滑川の女一揆」とセンセーショナルに報じたことで、全国的な関心が集まり、後に政権を倒すほどの運動となります。
その中で、肥料商であった10代・金川宗左衛門は、大衆の困窮を救うべく米の廉売実現に尽力しました。


    米騒動の後、松島屋へ
    洋品店など、多角化経営の拠点として活用され、多くの資料に看板が映っており、まちの賑わいに欠かせない場所であったことがわかります。

    そしてこれから
    私たちはその「商いの精神」も継承します。
    100年前に金川宗左衛門が試みた「街を想う多角化経営」を、士業チームによる精密な事業計画で再現します。
    ※写真はイメージです